きっかけ
こんにちは。はじめまして。程亮亮と申します。
突然ですが、個人のブログを始めました。
理由は
「新しい仕事をしたい」とか
「中国語について役立つ情報をお届けしたい」とかではなく、
「好きな中国語学習について好きなだけつらつら書いてみたい」
という単純なものです。
そのため、読んでくださる方がもし
「何か有益なことが書いてあるんじゃないか」と期待されてこのページを開いているのだとしたら
スマホは閉じて参考書を開かれることをおすすめしたいです。
それでも、「暇だし読んでやるよ」という心優しい方がいらっしゃれば、泣いて喜びます。
さて、初回は、
【そもそも何がきっかけで中国語を勉強し始めたのか】
について書いてみます。
私が中国語の勉強を始めたのは、大学1年生の必修科目である第二外国語の授業がきっかけです。
きっかけとしてはあまりにありふれていますね。
なぜここで中国語を選択したかというと、
・ヨーロッパの言語と比べて動詞の活用もなくて簡単そう
・就職活動で有利になりそう
・大学で平安時代の文学を勉強するなら、漢文の知識が必須→漢文やるには中国語が分かってた方がいい(国語の教師の父のアドバイス)
・私の大好きな陽岱鋼が台湾人
という複数の理由からでした。
この時は、決して中国語や中華圏に興味があったわけではありません。
陽岱鋼はすでに大ファンでしたが、台湾そのものに興味を持つのはもっと先のことです。
それでは、なぜ大学の二外の授業をちゃんと受けようと思ったのか。
ずばり、「日文に入るため」です。
私の通ってた大学の文学部は、第二外国語になぜかとても力を入れていて、1年生のうちは週に4コマも授業がありました。
私は元々平安文学が好きで、『落窪物語』を研究したいと思って文学部に入りました。
母校の文学部は、1年生は全員同じカリキュラムで、
2年生から各コースに分かれる仕組みになっています。
中でも日文(日本語日本文学コース)は文学部の看板コースの1つでもあったため、毎年倍率が高く、進学できるかは成績次第でした。
更に、1回第一志望のコースに落ちると、2巡目からは席が空いているところにしか入れない仕組みで、
例年の傾向を考えると、日文がダメだと「ロシア語ロシア文学コース」や「東洋哲学コース」しか道がなくなることが分かっていました。
(ちなみに母校では、2巡目以降やむなくこれらのコースに進学することを
「ロ文落ち」「東哲落ち」
と呼んでいます。
ロシア語、ロシア文学、東洋哲学を研究されている方々、決して我々に悪意はありませんので…)
そこで、私は考えました。
「中国語が週に4個もあるということは、半年で8単位。1年間で16単位分。
中国語だけで、これだけの単位の成績に関わる。
つまり中国語で全部A+取れれば、成績の平均も上がって、日文も行きやすくなるのでは?」
そんなわけで「中国語オールA+」という目標を4月早々に掲げ、NHKラジオ講座を聞き始め、
『大学1・2年生のためのすぐわかる中国語』(東京図書)という参考書を購入し、
空きコマなど暇なときにはずっと中国語の勉強をするようになります。
そこで、私は気付きます。
「あれ、中国語、普通に面白くない?」
同じ漢字でも日本語と違う意味だったり、語順が日本語と違ったり、でも日本語と共通するところもあったり、声調の違いだけで意味が変わったり……
勉強すればするほど、「そんな面白い文法があるのか!」という発見続きで、
"単位のため"という学習目的が、
次第に"楽しいから"に変わっていくことになります。
とはいえ、大学1年生の時点では、すっかり中国語に夢中になり、将来は中国語だけで仕事するようになるなんて、夢にも思っていませんでした。
しかし、中国語を勉強してから1年後、2016年3月、
台湾への語学研修に参加してから、私の人生が大きく変わっていくことになります。
それについてはまた別の機会に。。
…と、初回からつまらない話をダラダラと書いてしまいました。
ブログってこんな感じで良いのでしょうか。
でも、完全なる自己記録用なので、色々試行錯誤しながらゆるくやっていけたらと思います。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。